【前回分はこちら】「ん?」
青年はたった一瞬のディスプレイが表示した<ゆがみ>を見逃さなかった。キーボードを忙しく打ち込んでいく。コンピューターから様々な数値と計算式、その結果によるグラフとグラフィックが現れては消え、消えてては次の結果を表示していく。
「今度はなにやってんの、光助?」
バリバリバリボリとスナック菓子をほおばりながら、少女は聞いた。少女と言うには成熟し、間もなく少女の殻をぬけだしていくそんな微妙な位置に今たっている少女。それでも青年から見れば幼い子供にしか見れなかった。
「あのね、アキちゃん・・・」
言っても無駄だけど「ココは飲食禁止、って何度言えばわかるの」
「だってシノハラさんも食べてるよ」
「・・・・」
見れば青年の先輩は何の仕事をするわけでもなく、カップラーメンをすすっていた。
「シノハラさん! なにやってんですか」
「いやん、怒るの光助ちゃん? だって私、今やれることないんですもの」
脱力・・青年は体から力が抜けていくのを感じる。いや、生気をぬかれたのかもしれ
ない。
高名な天文学者の助手になりはや五年。今だに自分の置かれている状況に納得しかねている。天文学者は究極のマイペースで、青年が言わないと忘れている事も度々。本当の才能のある人はドコか欠落している部分があると、どこかのドキュメンタリー番組で言っていたが、欠落していい部分と悪い部分がある。人の約束を忘れたり、自分の時間帯の気の向くままに生きたり、家事全般を青年に押しつけたりするのはやめてほしい。ま、住み込みで働いているのだからどうしようもないし、嫌いではないのだが、このごろ自分は本当に天文学者助手なのか、と疑問が湧く。
しかもコンピュータ関連を完璧に扱えるのは青年だけなので、必然的に天体観測のコンピューターワークスは青年に任される。信頼されていると言えば聞こえはいいが、雑用全般にしか青年は思えないのだ、この状況を目の当たりにすれば。
「書類整理は終わったんですか?」
刺のある言葉で先輩をにらんだか効果はまるでないのも分かっている。
「だってぇ、だってえ、乙女にこの書類の量は拷問にも等しいわよ! だいたい書類による記録なんて無駄なものが多いのよね、やっぱり信頼すべきはココよ」
と人差し指で頭をさす。
「そういう事は乙女になってから言ってください」
その青年の言葉に少女はクスクス笑い、先輩はムスッ、として仕事に取り掛かる。
だってしょうがない、事実なんだから。青年は先輩を見た。天文学者助手と言われても納得できそうにもないチャイナドレスで妙に深いスリット。そこから上手く処理されていない無駄毛がちらりはらりと、覗いている。
化粧は濃いが、整った顔だち。香水の匂いはきついが、思わず見とれてしまうスレンダーな肢体。胸はないが、すね毛はあるその足・・・男性ホルモンがあきらかに高いと思われる体つきは隠せないでいる。
別に青年は性に関してとやかく言うつもりはないし、自分の性に不満を抱く人がいたって変じゃない。しかしかと言って、それでその人に好意を抱くかどうかは別問題の話しで。
(優秀な人なんだけどな)
天文学においては、上司であるはずの天文学者とひけをとらない。その変な服装と素行さえなければ、間違いなくドコかの大学なり研究施設が金を積んででも欲しがる人材だろう。が、そういう話しはまるで聞かない。先輩自身も自分が助手の立場である事に満足しているようだ。
前々から天文学者である先生と先輩は不思議な関係だなぁ、と思っていた。単なる学者と助手という関係じやない、何かを隠している・・・。
そうでなくては、まもなく四十歳に手が届く年齢なのに助手で満足するはずがない。自他ともに認める才能をもっていながら。
(それより仕事だ)
青年はコンピュータのディスプレイに目をうつした。止まっていた計算式が動きだす。
スターレイン・・青年が子供の頃はそんなものは降っていなかった。星は禍々しい破壊の存在ではなく、夢とロマンにあふれる暗黒の大海の道標であるはずだった。記憶を辿る。高校の時、初めてそれは報道されたと思う。
人々はそれを映画やマンガのようにしか受け止めなかった。
でもそれはすぐに、圧倒的な恐怖に変わった。
星は時間とともに、数を増し、被害を増大をさせていった。天文学はそのために未知なる宇宙の謎の開拓から、星の雨から身を守る方法の開発へと方針を変えていくしかなかったのである。
もともと夜空の星が好きだった青年。
宇宙をロケットという武器で開拓しようとした人類。
天体望遠鏡が宝物だった少年時代・・。
天文学者である姉。
星に脅えている今の人類・・・・。
『人類の横暴に地球も神も見放したのさ』
どこかの科学者の科学者とは思えない発言。そうだろうか? そんな非学的な根拠を断言している事態なのだろうか? 皆が疲れ切っているというこの時に、もっと絶望させるような事しか言わない学者に何の価値がある?
真実がいつも希望とは限らない。姉の受け売りだが。
でも、探求をやめたら事態はかわらない。青年の上司である先生の言葉。
手を休めずに、思考はぐるぐると回る。
たった少しでも可能性を見いだせば、その可能性が花開く可能性もある。絶望しきったこの時勢だからこそ、青年は天文学者をあえて目指したのである。
(いつか星の雨を止めてみせる!)
その決意は三秒後にもろくも崩された。
「わん」
「にゃん」
「ききぃー」
の三重合奏。青年は突然の一声にデスクに突っ伏した。恐る恐る少女の方を見る。
「ほら、静かにしてよ。光助に怒られるよ、怒っても怖くないけどね。でも、今日の光助、少しイライラしてるから。珍しいよね?」
といつのまにかいる犬・猫・猿を愛おしげに撫でる。わざわざ青年に聞こえる声で。
「アキちゃん・・・また彼らをつれて来たの?」
「悪い?」
「いや、悪いとかそういうんじゃなくて、ココに連れてこないでってお願いしたじゃな
いか、この前―」
青年は口を閉じた。犬が青年の足元に添う様にやってきて、そこに座り込む。可笑しくなって青年は思わず笑いだす。精密なコンピュータが埋めつくしている観測所に動物連れ込んだり、飲食したりなど非常識もはなはだしいのだが、そもそも青年の上司に常識の文字は存在しない。それゆえに、ゆるぎないスター・レイン観測計算式を導きだすことに成功したのである。
何より動物達は、かけがえのない家族だ。追い出す理由はないし、ここで暴れてはいけない事は動物達がよく知っている。何より観測所にこもっている時に、この三匹をよく連れ込んでいるのは青年自身に他ならない。
いらいらしてる・・か。そうかもしれない。
星の雨という言葉に、この頃敏感に反応している自分がいる。誰もが恐怖に脅えているのだが、青年はその脅威を憎んでいた。悲しいという表現の方が正確か。あれほど夢を、幻想を、勇気をくれた夜空の星達。それが今や、単なる恐怖だ。
いつか・・・と思う。いつか人間は夜空を見上げて恐怖しない日が来ることがあるのだろうか。星と星を線でつないで夢を描く日は来るのだろうか。今ではすっかり忘れさせれたロケットで宇宙の神秘を探り出す冒険に旅立つ日は来るのだろうか。
(「来るのだろうか?」・・・来させるんだよ、その手で)
青年はそっと犬を撫でる。少女を見た。つまらなそうな表情をたたえ、猫をなでている。
もうちょっと待ってなよ。これが終わったら美味しいもの作ってあげるから。そう心の中で呟き、再びキーボード入力を再開する。苦笑した。家政婦でもないのにこんな事を思うなんて、すっかりここの空気に毒されたみたいだ。僕はただの助手なのになぁ・・・。
「光助ちゃあぁぁぁん」
【続く】
ひさびさ。
このブログを放置してはいた訳ではありません。
忙しかったのです。うん。いつもの言い訳w
しかも、すでにwebでアップしているから、ただアップするだけというのに(笑)
今日は家族で海に行く予定。
前回も行ったのですが、何年かぶりにインドアな
僕が夏らしい事しようとしてます。
異常気象は僕のせいか?(笑)
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